富士見亭

富士見亭 昭和10年、岡田師は東京麹町の仮本部にて立教を宣しましたが、同年10月、世田谷区上野毛に約3,000余坪の邸宅を入手、移転しました。この地を「玉川郷」と命名し、以後ここを中心に神業を展開しました。昭和11年10月、広大な敷地の南西寄りの富士を望見できる場所に家屋を建て「富士見亭」と命名し、以後、昭和19年4月までこの家で起居し、ご神体や「おひかり」等の書の揮毫、幹部や弟子の指導にあたりました。昭和19年、箱根、熱海に移住した時、富士見亭だけは解体し、設計図と共に保存しており、昭和49年12月に箱根神仙郷内に所を得て復元しました。